名古屋地方裁判所 昭和36年(ワ)1017号 判決 1962年8月30日
名古屋相互銀行
事実
一、原告の請求原因は次のとおり。
1 原告は、相互銀行法による銀行業務を営むものであるが、昭和三十四年五月三十日訴外尾崎信夫に対し金四十八万円をその弁済期を昭和三十六年二月二十六日、利息及び弁済期後の遅延損害金をいずれも日歩四銭の割合で貸付け、交付したものであるところ、被告は、原告に対し、右尾崎の債務につき連帯保証をなした。
2 しかるに訴外尾崎は、原告に対し借入金等返還債務のうち金二十二万円を支払つたのみで、残存元本金二十六万円及び昭和三十四年六月二十六日から昭和三十五年二月二十六日までの日歩四銭の割合による約定利息合計金六千八十八円、右残存元本に対する昭和三十六年二月二十七日以降の右約定利息と同率の割合による遅延損害金の支払をなさない。
3 よつて原告は、訴外尾崎の右債務の連帯保証人である被告に対し右未払元本金二十六万円及びこれに対する昭和三十六年二月二十七日より右支払ずみに至るまで日歩四銭の割合による金員並びに右未払約定利息金六千八十八円の各支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。
二 被告は、原告主張の右請求原因事実一の1の点は認める。同一の2、3の点は争うと述べ抗弁として次のように述べた。
1 訴外尾崎信夫は、原告との間に、原告主張のような金銭消費貸借契約締結の際、右契約上の債務を担保するため、その所有にかかる静岡県三島市新宿字境川二百六十番地ノ一、家屋番号新宿二十六番ノ三、木造瓦葺二階建住宅建坪二十七坪八合四勺、二階二十五坪六合六勺につき、一番抵当権を原告のために設定する契約をなし、昭和三十四年五月三十日(右消費貸借契約成立の日である)被告と共に、右抵当権設定登記に必要な委任状、印鑑証明書、右家屋の保存登記済証書等の書類を原告会社沼津支店に持参して同支店係員に交付し、もつて右抵当権設定登記手続を原告に一任したのである。
2 被告は、当時前記尾崎に対し約金八十万円の約束手形金債権を有していたところ、前記担保家屋の価値は、少くとも金百二十万円には達していたので、仮りに尾崎において、原告に対する右債務の弁済を怠り、連帯保証人たる被告が右債務の弁済をなすべき事態が生じても、被告は、原告の有する右家屋に対する一番抵当権を行使できるので、右抵当権を実行すれば、右弁済金の償還を受けたうえ、なお右手形金債権の一部についてすら弁済を受けられうるので、右尾崎の原告に対する前記債務につき連帯保証をなしたのである。
3 しかるに原告は、前記家屋に対する一番抵当権の設定を怠つたのみならず、被告に無断で前記尾崎に対し、右家屋の保存登記済証を交付した結果、尾崎は、同年六月二十二日訴外三島信用金庫から右家屋に対し一番根抵当権(極度額金五十万円)を設定し金五十万円を借受け、同信用金庫は、同日右一番抵当権設定登記を経由したため、原告は右家屋につき同信用金庫に後れる二番抵当権者となつてしまつたのである。
4 前記尾崎は、同年十月事業に失敗し、前記信用金庫に対する債務の弁済をなさなかつたため、右信用金庫は、前記一番抵当権に基ずき前記抵当家屋の競売申立をなし、その結果右尾崎に対する債権の弁済を受けたのであり、原告の右尾崎に対する前記債権に対しては若干の配当があつたに止つた。右によれば、原告が右家屋につき遅滞なく一番抵当権の設定登記をなしていたなら、右尾崎の債務は、元利金とも、右競落代金をもつて完済されたものといえるのである。従つて被告は、右尾崎の原告に対する債務につき、連帯保証人として、その弁済をなしても、原告の右抵当権を代位行使できる結果、その弁済金は、完全に償還を受けえられたのである。
5 しかるに被告は、原告の前述したような故意又は懈怠により、前記債務の弁済により代位できる前記一番抵当権を喪失したものであり、右一番抵当権の喪失がなければ、右弁済金金額の償還を受けえられたのであるから、被告は、原告に対し前記尾崎の債務に対する連帯保証人としての責を免がれるものである。従つて原告の本訴請求は、失当といわねばならない。
理由
一 原告主張の請求原因事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで被告主張の抗弁につき検討する。
1 成立に争いのない甲第三号証、乙第一号ないし第三号証、証人金崎秀喜(一部)、同河井清文(同上)、同田中信正(同上)及び被告本人の各供述によれば、次のような事実を認めることができる。
(一) 原告と訴外尾崎信夫との間の右金銭消費貸借契約は、原告沼津支店長が締結したものであるところ、同支店長としては、当時金三十万円を超える貸出については、原則として本店の決済が必要であつたこと。
(二) 同支店長は、右契約当時、右貸出につき原告本店から授与されていた権限は、被告ほか一名を連帯保証人とし、右尾崎所有家屋につき一番抵当権を設定したうえ、右貸付をなすというものであつたこと。
(三) 右尾崎は、同契約成立の前日右抵当権を設定するその所有家屋(静岡県駿東郡清水村新宿二百六十番の一家屋番号新宿第四十六番の三、一木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅兼作業所一棟建坪二十七坪八合四勺、二階坪三十五坪六合六勺)につき、右表示のような増築による表示の変更登記手続を経由したうえ、同契約成立の日である昭和三十四年五月三十日原告沼津支店係員に対し右登記済証等右抵当権設定登記に必要な書類を交付しているものであること。
(四) 被告は、同日原告に対し、右尾崎の原告に対する右消費貸借契約上の債務を連帯保証するに当り、右尾崎から被告に対し、原告の右抵当権を二番抵当権と変更したうえ、右債務の保証をなすよう求められたがこれを拒否し、右原告本店の決済とおりの契約に従つて、同契約上の債務を保証する旨主張したため、結局原告と右尾崎との間において、同日右原告本店の決済とおりの約旨による金銭消費貸借契約が成立し、被告は、同日右の約旨により右尾崎の原告に対し、負担する債務につき連帯保証をなしたものであること。
2(一) 右認定に反する証人金崎秀喜、同河井清文、同田中信正の各供述のうち、被告は、原告の右尾崎に対する債権を担保するため、右家屋に対し設定する抵当権につき、当初一番であつたのを第二番と変更することを承諾して右連帯保証をなしたものであるとの部分は、当裁判所のたやすく信用しえないところである。すなわち、前記認定のように、原告沼津支店長は、金三十万円を超える貸出については、原則として原告本店の決済のない以上これをなしえないところ、右尾崎に対する金員貸出については、同貸出当時右認定のような右家屋につき一番抵当権設定を条件として権限を授与されていたに過ぎないことと右各証人の各供述(いずれも一部)により認められるところの、原告沼津支店が右尾崎につき貸出をなしたのは、右契約が初めてであること、同支店と右尾崎との取引は、被告の要請により、同年三、四月頃からなされたものに止ること、同支店が被告を知るに至つたのは、右取引に当り、原告蒲郡支店長から被告は、資産、信用があるものであるからよろしく面倒をみてもらいたい旨の紹介によつたものであること及び、原告沼津支店においては、右契約締結以前の同年五月二十四、五日右尾崎の申入れにより、右家屋につき設定すべき第一番抵当権を第二番抵当権とし、新たに同人の有する電話加入権につき担保権を設定することと担保条件変更の決済を原告支店に対してなしたところ、その頃右条件変更によつては決済がえられないことが明らかとなつていたことを併せ考えると、原告同支店長において、未だ取引関係の殆んどないものに対し、右原告本店の決済がないのに、右蒲郡支店長の言に従い、敢えてその例外的に有する権限をもつて、抵当権設定順位変更の条件申出を許容したものとは到底考えられないからである。
(二) 次に証人田中信正の供述(一部)により真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、被告は、右契約成立当時原告の取得する担保権は、右家屋に対する第二番抵当権であることを承諾しながら、右尾崎の原告に対する債務の連帯保証をなしたような観がないとはいえない。しかしながら前記各認定の事実及び同証人及び証人河井清文の各供述(いずれも一部)により認められるところの、原告沼津支店より原告本店に対してなす決済は、通常その申出の翌日か翌々日にえられるものであること、原告同支店は右尾崎に対する右二番抵当権設定等による条件変更の決済の申出を原告本店に対してなしたのは、同年七月頃であり、その決済がえられたのは、同年九月頃であることが認められるので、右決済のために作成された甲第四号証は、少くとも同年五月三十日の(右金銭消費貸借契約当時)には、未だ成立していなかつたものと認めるのが相当であり、従つて同立証は右1の認定の妨げとならない。
(三) 次に成立に争いのない甲第三号証によると、被告は、原告に対し、原告が右尾崎に対する右債権の担保である右家屋に対する第一番抵当権を喪失したことにより償還不可能となつた分につき、原告に対する連帯保証の責を免れえたにも拘らず、なおその弁済の責に任ずることを承諾したかの観がなくもない。しかしながらこの点については、原告の明確な主張がないのみならず、証人河井清文(一部)及び被告本人の各供述によると、原告沼津支店長は右尾崎に対する右金銭消費貸借契約締結後の同年六月下旬か又は同年七月上旬頃被告の住所地の蒲郡市に赴き、被告が右尾崎の原告からの借入金を振替えて原告蒲郡支店に預金していることから、被告に対し、同預金を、被告の右保証債務につき質権として設定することを、原告本店の指示に基ずき要請したが拒否され、原告蒲郡支店長らの口添もあつて被告は、当時原告が右尾崎に対する債権の担保として、右家屋に対し有する第二番抵当権及び電話加入権につき有する質権の実行があるまで右預金の引戻をなさないことを承諾するに至つた結果右甲第四号証が作成されたものであり、同号証に記載されている被告が、右尾崎の債務につき、その連帯保証人として最終的責任を負うとの部分は、いわゆる例文として加えられたに過ぎないことが認められるので、同号証によつては、未だ、原告が後述のように故意又は過失により右一番抵当権を喪失したにも拘らず、被告において、これを不問に付し、なお、右保証債務の履行につき責を負うことを承諾したものと認めるに至らないのである。
(四) ほかに右1の認定をくつがえすに足る証拠はない。
3 成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証及び同第二号証と被告本人の供述によれば、原告が、右尾崎に対する債権の担保である同人との間の抵当権設定契約に基く右家屋に対する第一番抵当権を原告の故意又は過失により喪失したこと訴外三島信用金庫は、同年六月二十日右家屋につき、右尾崎に対する極度額金五十万円の債権に対する担保として、第一番抵当権の設定登記を経由し、その後右抵当権に基ずき右家屋の競売申立をなし、その競落代金から右債権の完済をうけていること、右家屋の第二番抵当権者たる原告も、右競落代金から、その後担保債権の一部につき弁済を受けていることが認められる(右認定を左右するに足る証拠はない)から、原告の右第一番抵当権の喪失がなければ、被告は、右尾崎の債務の連帯保証人として同債務の弁済をなしたとしても、原告の右抵当権を代位行使すれば、右弁済金全額の償還を受けることができたにも拘らず、原告の同抵当権の喪失により右償還を受けることができなくなつたのであるから、結局右尾崎の原告に対する右債務についての連帯保証債務の責を免がれえたものというべきである。
4 以上によれば、被告の前記抗弁は理由があり、従つて原告の本訴請求は、失当として棄却を免れ難い。